楽天の失敗に思う

いったい楽天は Kobo から何を学んだのだろう?

Kobo Touch のさんざんな評判は当たり前です。楽天は電子出版のイロハを無視したのだから。すなわち、彼らは顧客を囲い込もうとクローズドなシステムを作ろうとした。

Kobo Touch を買うのに楽天IDが必要だったり、パソコンに接続しないとアクティベートできなかったかり、こんなことをやったらいけないということを Kobo の営業の人間は注意したはずです。

電子出版におけるマーケティングは、普通のマーケティングといささか様相を異にする。クローズドなシステムにすればするほど顧客は逃げて行く。オープンなシステムにすればするほど、つまり顧客の流動性を大きくすればするほど新しい顧客が集まってくる。

わたしはてっきり楽天は Kobo からマーケティングのノウハウを学んだものと思っていたのだけれど、早とちりだったようだ。どうやら日本人はクローズドな思考しかできないのだ。ガラパゴス化するのがその宿命なのだろう。

ついでに今回の楽天事件を通して再認識したことがあるので、そのことも書いておこうと思います。それはわが Project Gutenberg の偉大さです。2000年代に入って校正チームが結成され、PGに収録される本は質量共に飛躍的な向上をとげた。そして E-ink のデバイスが出回り始めた頃、出版社から出ている電子書籍はまだ数が限られていたけれど、しかしPGの本(ほかにもいろいろなところからパブリックドメインの本が出ている)が読めればそれでいいと、この新しいデバイスを買った人が多かったのです。PGが電子出版を推し進めた重要なインフラであったことは間違いのない事実です。

Project Gutenberg から三つのニュース

知っている人は知っているだろけれど Project Gutenberg が四万冊目の電子書籍を出しました。(こちら)厳密にはタイトルの重複やひっこめられた本もあるので、所蔵している本は四万冊弱というのが正しいのだけれど、しかしわれわれの努力が四万冊目という形をとったという意味で、まことにおめでたい。栄えある四万冊目は「Extinct Birds 絶滅した鳥」という美しいイラストの挿入された本で、それを見ながらわたしは extinct books というものも存在するだろうなと、妙なことを考えてしまった。

二つ目のニュースは、Project Gutenberg が自己出版のポータルを作ったこと。(こちら)登録すれば、誰でも無料で自分の作品をアップロードし、コメントやレビューやフィードバックが受けられる仕組みになっている。ただし内容に問題がある作品は受け入れられません。

三つ目は、実はニュースではないのだけれど、大切なことだからここに指摘しておきます。Gutenberg Canada のホームページには TPP 反対のメッセージが去年から掲げられています。TPP に加入すると確実に著作権の保護期間が七十年「以上」に伸びるからです。(ちなみにカナダの現在の保護期間は五十年。)

パブリック・ドメインというのは著作権がなくて、誰でも自由に使えて、すてきな空間だ、などと思っている人がいます。確かにそうではあるけれど、同時にその境界においては絶えず「戦争」が行なわれていることを忘れてはなりません。パブリック・ドメインを享受したいなら、戦争に参加することも要請されているのです。戦争に負ければ、享受できる領域はどんどん狭くなるのですから。

だから Gutenberg Canada のアピール文は「なぜ外国人が我が国の法律を作るのか」「ともにこの戦いに勝とう。自分たちのために、同胞市民のために、そして未来の世代のために」といった強い語調を用い、TPP 反対のメールを政府や議員に出そうと積極的な行動を呼びかけている。Gutenberg Canada の創始者 Dr. Akrigg が政府に提出したコメントも載せられています。カナダやニュージーランドではこうした草の根の反対運動が起きているのに、日本では何も起きていないようですね。恐らく唯々諾々とお上の決めることに従うだけなのでしょう。彼らにとってパブリック・ドメインは戦って守るべきものではなく、お上から与えられた「幼児の遊技場」みたいなものなのでしょう。

(わたしは最近、日本人のことを「彼ら」と言うようになり、それはおかしいのではないのかとアメリカの友人に指摘されたが、しかし昨今の日本人のへたれ具合を見ると、「彼ら」と言わざるをえない。)

楽天を応援する

楽天が日本で Kobo という読書用端末を出すことになりました。値段は八千円弱。これはソニーなどのバカ高い端末と比べれば半額以下になるのですが、実はアメリカでは100ドルで売られているから、まあ、ごく普通の値段です。ソニーの T-1 だってこちらでは130ドルで買える。refurbish した製品とか時々見掛ける安売りでは100ドルを切る値段で売られることもある。しかも Kobo は、実質もう一年近く前の製品ですから、安く売られて当然なのです。

しかも楽天は電子書籍の販売を海外の子会社にまかせているため、日本の税金を払う必要がない。円高もうまく利用すれば、格安の端末を販売することができる。

もしも日本の電子書籍市場をアマゾンに独占されたくないのなら、楽天はこれを機会に Kobo を猛烈に売り込むべきでしょう。それこそ、銀行やホテルとタイアップして、口座を開いたり、ホテルに三日泊ったりしたら Kobo を一台進呈するとか、いろいろなキャンペーンを考えるべきです。消費者としてもアマゾンが市場を独占しているような状況は好ましくありません。巨大な怪獣、ベヒーモスが動き出す前に楽天がスタートダッシュよくある程度の地歩を確立しておくことは大切です。

ところがこれに対して、日本の出版界から、楽天は税金逃れだ、などという非難の声が上がっているらしい。まったく莫迦につける薬はない。楽天は金を投資して Kobo を買取ったのであり、日本の税金を支払うことなく、海外から書籍を販売することはまったくの合法である。電子書籍が大きな市場になることを知りつつ、今まで何もしてこなかった出版社が、抜け駆けは許さないと楽天にいちゃもんをつけているだけ。日本で自炊が盛んなのは(実は海外でも Jisui という言葉が使われたりするほどなのだ)日本で電子書籍がさっぱり売られないことへの不満の表れなのです。日本の出版社はそんなことはわかっているけれど、電子書籍の取り組みに積極的じゃなかった。そしてアマゾンが来て自滅するのをじっと待っていたのです。(別に努力をしない企業なんて、滅びたってかまわないのだけれど。)

それに比べれば楽天のほうがはるかに会社として立派です。去年楽天が Kobo を買収したときはわたしもびっくりしたが、しかしこれはいい買物をしたな、と思いました。わたしは Kobo の販売部のプレゼンを何度か聞いたことがあるのですが、彼らは非常に進取の気に富み、意欲的な人々です。しかも分析力があって、電子書籍という新しい市場の特徴をきっちり把握している、あるいは把握しようと常に努力している。わたしの周囲の友人たちも(もちろんアメリカの話だ)、Kobo は資本金の潤沢な企業によって書籍事業が支えられるし、楽天は Kobo の書籍事業のノウハウを手に入れられるから、これは双方にとってよい買収ではないかと話していました。楽天には先見の明があったのですよ。

こういう努力もせず、計画性も持たない日本の出版社が「税金逃れだ」とはしゃらくさい。

ところが日本の政府は、楽天のように海外から書籍を販売しても税金が取れるように法律を改正することを考えているらしい。「まじめにやっている会社が損をしないようにする」というのが改正をもくろむ動機らしいが、企業努力をせず、消費者の期待に応えない企業を「まじめにやっている会社」などと呼ぶことじたいお嗤いです。しかも TPP がはたしてこんな法律を許容するかはなはだ疑問。

Eerie by Blake & Jordan Clouch

Clouch 兄弟の新作 Eerie の書評を頼まれたので、約束を果しておこう。

EERIE.jpg


1980年の秋、七歳の Grant Moreton と五歳の妹 Paige は父親の運転する車に乗っている最中、事故に遭ったが、奇跡的に命を取り留めた。

それから三十年後、Grant はシアトルの刑事になり、妹とは長いこと音信不通の状態だった。しかしある事件をきっかけに、妹が高級娼婦をしていて、その顧客が次々と行方不明になっていることを知る。

Grant はある晩、妹の家を訪ね、憔悴しきった彼女の姿に驚く。彼女の話によると、その家には幽霊のような何かがいて、それが彼女に取り憑き、彼女を憔悴させているのだという。「それ」は彼女のベッドの下に住みついていて、彼女が家を離れようとすると、とてつもない肉体的苦痛を与えるのだ、ともいう。Grant はもしかすると妹は薬物中毒で幻覚を見ているのかも知れないと考える。そして友人の医者を呼び、彼女を病院に連れて行こうとする。

ところが彼女に幽霊などいないことを証明しようとして、彼女の寝室に入って行った友人の医者は、うつろな目で Grant を見つめながら「おまえは何もわかっていない」と言い、鏡の破片で自分の喉をかききって自殺してしまうのだ。

いったい友人の医者に何が起きたのか。そして Paige の家には何が居るのか。呪われた家に閉ざされた二人の兄妹はどうなるのか。家の中という閉ざされた空間で展開されるホラーは「意外なくらい」面白かった。

「意外なくらい」というのは、作者の一人、Jordan Crouch はこの作品がデビュー作になるからである。兄の Blake はもう何冊も小説を発表しているから、おそらく弟の文章には彼の朱筆が加えられたのだろう。それでもこれだけ面白く書けているのだからたいしたのものだ。文章にスタイルといえるようなものがなく、どうやらスタイルに対する感覚もいまだ鈍感であるらしいことは残念だ。しかし一応達意の文章になっていることは評価したいと思う。

読みながら、その文体に不満を感じはしたものの、しかしこの小説は、英語を学習する人間にはうってつけの reading material だなと思った。英語は平明で、現代的な言い回しがどっさり使われているからである。ペーパーバックを読みあさっている中学生や高校生にはお勧めの一冊だ。

本日アマゾンがから発売である。

no more public domain day...in Japan

ずいぶん以前にわたしが青空文庫のフォーラムにパブリック・ドメイン・デイのことを書いたら、青空文庫の人がやたらと感激して、さっそく一月一日をお祝いするようになりました。その年にパブリック・ドメイン入りした著作を集めて一月一日に公開していますよね。あれです。世界中でパブリック・ドメイン・デイをお祝いする行事が行われているのに、日本だけ何もしていないのはおかしいと思ってわたしが投稿した文章がきっかけとなり、青空文庫もようやくひとつ世界レベルに追い着いた。いいことです。

しかしAPの報道によると野田総理はTPP交渉に参加する意向を示したとのこと。TPPに入れば日本の著作権保護期間は七十年か「それ以上」に延長されますから、TPPが締結してからおそらく四年以内に青空文庫はパブリック・ドメイン・デイを祝えなくなるはずです。それが二十年「以上」つづくのですよ。

そういう重大なニュースだということが、日本の人にはわかっているんでしょうか。

アメリカの著作権法はミッキー・マウス法とも称されるように、業界の利益のために著作権の権利期間がどんどん延長されてきました。もしもアメリカの著作権保護期間がふたたび延びることがあれば、TPP参加国もそれに歩調をあわせなければならなくなるでしょう。そうしなければISD条項を使って、アメリカの企業が国家を訴えてくる。御存知のようにこの訴えを処理する国際投資紛争解決センター(ICSID)はアメリカ寄りの組織ですから、アメリカの企業ははじめから有利な立場に立っています。しかもアメリカは知財に関してはすさまじいほど強硬な姿勢を取っている。この訴えを退けることは不可能と考えるべきでしょう。いや、日本の政治家や官僚などは、アメリカの企業が睨みを利かしただけでふるえあがり、彼らの意に沿うように政策を取り上げたり、取りやめたりするでしょう。日本の官僚はACTA交渉でアメリカの提案に目を輝かせて聞き入っていたから、ふるえあがるどころか、驚喜するかな。

しかし今後日本が国民の健康や、生活の利便をはかるための法制度を作ろうとしても、まず、それがTPPのもとで可能かどうかを考えなければならない、つまりアメリカの企業の利益に抵触しないか考えなければならないようになるでしょう。そして抵触する場合は、国民の安全、健康、利便を犠牲にしなければならないことになるのです。これはカナダやオーストラリアですでに現実に起きていることです。

著作権の保護期間が延びるだけでなく、一般消費者が作品を使う使い方にもいろいろ問題が出て来ます。なぜなら知財保護のためにアメリカはきびしい規制を求めてくるからです。たとえばDRMのかかっているDVDを個人利用のためにリッピングすることは禁止されます。今まで私的に使うためのコピーであれば許されていたものが、犯罪行為と見なされるようになる。この法案はすでに日本で議論されているらしいから、TPPに入れば、必ず実現するでしょうね。

また、アメリカの企業、あるいは企業にやとわれた法律事務所が違法ダウンロードを理由に大勢の一般の日本人に対して訴訟をおこすでしょう。これももうアメリカではすでに起きていることです。お店で音楽CDを万引きすれば罰金が科せられますが、違法ダウンロードに対してはそれの何倍、何十倍の賠償金が請求されます。

こうしたことに関してはアメリカの Protect-IP とかミレニアム法を調べて見て下さい。いやになるようなことが山ほど書かれている。しかももっといやになるのは、それらが確実に日本の将来の現実だということです。TPPにはこうしたことがセットでつけられているのです。

ヴォーカロイドのファンとしても気がかりなことがあります。ヴォーカロイドはいまでこそCGMとして消費者が曲や歌詞や動画を自由に作る権利を持っていますが、TPPに加入した場合は、はたしてそんな自由がいつまでつづくのか。二次創作が不可能になる可能性は充分にある。
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